名古屋地方裁判所 昭和23年(ヨ)246号 判決 1949年2月26日
主文
本件仮処分の申請を却下する。
訴訟費用は控訴人等の負担とする。
事実
申請人等代理人は「被申請人組合が昭和二十三年八月四日申請人等に対してなした組合員除名処分は本案判決確定に至るまでその効力を停止する」との判決を求め、その理由として次のように述べた。
一、被申請人組合は名古屋市交通局の従業員及び同組合中央委員会の承認を得た者をもつて組識する労働組合である。申請人等は名古屋市交通局の従業員であつて高辻車庫に勤務し、被申請人組合の組合員である。
二、申請人等は昭和二十三年八月四日被申請人組合高辻支部長〓須新一から組合員除名の通告を受けた。しかしその除名の理由は次の如くである。
イ、申請人多田は昭和二十三年七月二十二日勤務時間外に当時争議中の愛知時計電機株式会社労働組合の闘争を応援するため同会社工場前の電柱に「自由か、奴れいか、団結だ頑張れ」と書いた日本共産党名交高辻細胞の署名入りのビラを貼付したことが、被申請人組合本部規約第十条、支部規約第二十三条に違反する。即ち右ビラの日本共産党名交高辻細胞という字句は被申請人組合高辻支部全体を意味するから、被申請人組合の機関にはからず勝手に支部の名義を用いたことは、組合機関を無視するものであり組合の名誉を損するというのである。
ロ、申請人桑原は同年七月末頃前示高辻車庫において「信鈴」なる日本共産党名古屋交通局細胞群機関紙を勤務時間外に同局の従業員に配布したことが前記各規約に違反する。即ち右機関紙の配布は組合機関を通じて為されていないから、右は組合機関を無視するものであり組合の統制を乱すものである。且つ右信鈴中には組合の行為を批判する記事が載せられているから組合の名誉をき損するというのである。
三、しかし申請人多田に対する除名処分は次の理由からして無効である。
イ、同人が勤務時間外において、同じ労働者団体である愛知時計労働組合の斗争を応援するため前示の如きビラを配布したことは、労働者として当然なし得べき行為をなしたに過ぎない。これは申請人多田個人に許された自由活動であり個人の政治的社会的活動の範囲内の行為である。国民の政治的社会的活動は憲法第十四条第一項第二十一条において保障され、又被申請人組合と名古屋市との間に締結された労働協約第五条において市は組合員の政党加入及び組合並に組合員の政治活動の自由を認める。
ロ、同人の貼付したビラには日本共産党名交高辻細胞の署名が記されている。しかしこの署名は一読すれば、被申請人は日本共産党名交高辻細胞の活動としてビラを貼つたのであつて、右ビラの貼付は被申請人組合自体とは無関係である。従つて組合機関にはかかる必要は毫もなく、又名交高辻の名称を共産党細胞の上に冠することは決して被申請人組合の名誉をき損したことにはならない。
四、次に申請人桑原に対する除名処分は次の点から云つて無効である。
イ、同人が信鈴を勤務時間外に特定の人に配布したことは、申請人の政治的自由の範囲内の行為であつて何人から責も任を問われる筈はない。これについて被申請人組合の組合機関にはからねばならぬ必要は何処にもないのである。
ロ、右信鈴中に被申請人組合を批判した記事が載せられているが、この程度の批判は言論の自由の範囲に属するものであり而もこれは申請人桑原の執筆したものではないのである。
五、なお、申請人等に対する本件除名処分は被申請人組合の中央委員会の確認を得ていないものであるから、被申請人組合規約第十条に違反し無効である。又申請人等は昭和二十三年九月十二日名古屋交通局より解雇の辞令を受領したがこれは辞令取扱者からの懇請によつて受取つたので申請人等が本件除名処分を承諾したためではない。
六、右の次第であるから、被申請人組合の申請人等に対する除名処分は無効であり、申請人等は右除名処分の無効確認訴訟を提起せんとするものであるが、被申請人組合と名古屋市との間の労働協約にはいわゆるクローズドショツプ制が採用され申請人等は本件除名処分と共に名古屋市から現在失職の取扱を受けているものである。このため申請人等は日々の生活に困難を感じており右本案判決の確定を待ち得ない状態にあるから、取りあえず申請人等のため仮の地位を定める仮処分を求める次第である。
(疏明省略)
被申請人組合代表者は本件仮処分の申請を却下するとの判決を求め、その答弁事由として次のように述べた。
一、被申請人組合高辻支部は昭和二十三年八月四日申請人両名を組合規約(本部規約第十条、支部規約第四条第二十三条)に該当するものとして除名処分に付した。その除名の理由は申請人等に次の如き非行があつたからである。
1、昭和二十三年六月末頃申請人等は中部日本新聞に交通局資材課係長等の不正事件が掲載してあつたのを利用し、これを赤インクで囲み、交通局の赤字の原因はかかる所に存すると書きたて、支部掲示板にこれを掲載せよと要求して来た。
2、同年七月上旬申請人等は中京新聞の記事(賃上に対する市側の対策として女子車掌を整理する云々の記事)を利用したアジ宣伝ビラを支部掲示板に掲示せよと要求して来た。
3、同年七月二十二日申請人多田は愛知時計電機株式会社工場前の電柱に日本共産党名交高辻細胞の署名入りで共産党の宣伝ビラを貼付した。右ビラ貼付行為は申請人多田個人の資格でなしたものとすれば、名交高辻の文字を使用する必要はない。右ビラは一読すれば直ちに判る如く名交高辻労働組合内の共産党細胞の活動を意味するものである。名交高辻の名称を使用する以上は組合の機関にはかるべきであり、この手続を履まぬときは組合の統制を乱すものである。共産党の細胞は党が勝手に組織したものであり、名交高辻の名称に共産党細胞の文字を附加することは、組合の容認しないものを強いて表示することであつて、組合の名誉をき損すること甚しい。
4、同年七月二十六日申請人桑原はその職場内で日本共産党名交細胞群発行の「信鈴」なる機関紙を散布して組合の統制を乱した。かような特定の政党の機関紙を用いて活動することは組合員の本領ではない。組合の機関を通じて正当に発言し討議するのが組合員の義務であり、申請人の行為は組合機関を無視するものである。
5、被申請人組合高辻支部は同年七月二十七日申請人多田の反省を求めるため同人を仮除名処分に付し謹慎を命じたところ同人は毫も反省の気色なく翌日共産党名古屋市委員藤井某外一名を通じてその取消を求めて来た。
同年七月三十一日申請人多田は共産党主催の人民大会に参加し、前記仮除名処分を不当として決議しその取消を求めて来た。同年八月二日及び三日申請人両名は共産党発行のビラを職場内に散布した。右ビラの記載内容は両名の前記行動を正当と断定し、組合の役員をボス幹であると侮辱し支部委員会を反動的であると罵倒してあつた。これは被申請人組合の統制を乱し組合の名誉をき損するものと言わねばならぬ。
二、ここにおいて被申請人組合は、同年八月四日支部委員会を開いて申請人等列席の上慎重且つ民主的に協議した結果、無記名投票の方法によつて申請人等の除名処分を決定し、同月十三日組合本部の中央委員会においてこの決定を承認したのである。
三、被申請人組名と名古屋市との間の労働協約にはいわゆるクローズドショツプ制が採用されているため、申請人等に対しては同年九月四日附をもつて名古屋市から退職辞令が交付され、申請人等はこれを受取つた。右は申請人等が前記除名処分を是認した上受取つたものであるから、最早申請人等は右除名処分の効力を争う余地はない訳である。
(疏明省略)